バリスタぎっさんこと 柳 隆晴の自己紹介

プロフィール

柳隆晴(やなぎたかはる)

・JBA(日本バリスタ協会)認定バリスタ

・ドリンクコーディネータベーシック取得

大会出場実績

・新潟中越ラテアート大会 Best16

・LATTEART SMACKDOWN ROUND Ⅲ Best8

・The BACKYARD EXPO 2107 Best8

・インフォーマルラテアート大会 at Cafe One Best8

・第1回 Latte One Origin 3位

バリスタの仕事ってこんな仕事です。

申し遅れましたが、皆さま初めまして。

柳 隆晴と申します。やなぎの「ぎ」を取って、みんなから「ぎっさん」と呼ばれることが多いです。

今回長くなりますが、なかなかこのような機会がないと思いますので、記憶に残っている範囲で自己紹介をさせていただこうと思います。

できるだけ分かりやすく書いて行きますので、最後までお付きあいいただけますと幸いです。

ちょっとお増せだった幼少期

私の一番古い記憶に残っているのが幼稚園時代です。

何故かというと、初恋がこの頃だったから。

同じ組の女の子のことを好きになったのを、今でも何となく覚えています。

皆さんは、初恋はいつでしたか?

やっぱり、幼稚園で初恋って早いんですかね。

また、友だちの住んでいる団地の階段から落っこちて、頭を縫う怪我をしたのもこの頃です。

今でも、眉毛の部分に縫ったあとが残っています。

病弱→超アスリートに変貌を遂げた小学校時代

小学校3年生まで、とにかく身体が弱かった私。

特に、夏休みになると必ず体調を崩し入院していました。

祖父母の家が新潟にあるのですが、せっかく遊びに行ったのに現地の病院で入院。

正直、この頃はあまり良い思い出がありません。

ですが、4年生のときに転機が訪れます。

当時、体力づくりの一環で、クラスで校庭を1周走ったらひとマス進めるすごろくのような取り組みをしていました。

負けず嫌いの私。

この取り組みが凄いハマって、とにかく朝学校に行ったら校庭を走る。

昼休みも学校終わってからも、とにかく走りまくってました。

結果的に、あれだけ入院していた身体が1年間で一度も風邪をひかない。

とても丈夫な身体を手に入れることができました。

今思うと、身体が丈夫になって自信がついたような気がしますし、おかげでクラスのリレーの選手に選ばれたり、体育の時間に活躍できるようになったりしました。

今の私を知っている人には想像できないと思いますが、当時はかなり運動ができたんですよ笑

1つのことに熱中することを覚えた中学時代

私が中学生のときは漫画のスラムダンクが全盛期でした。

単純な私は、その影響をモロに受けバスケを始めました。

とにかくバスケが大好きだったので、休みの日もコートで自主練したり、夜は家の前でドリブルの練習をずっとしていました。

残念ながらレギュラーにはなれませんでしたが、1つのことに3年間熱中して取り組む。

人生において貴重な経験ができたと思っています。

中学の記憶は、バスケをしていたことくらいしか正直覚えていません。

それくらい当時はハマっていたのだと思います。

暗黒の4年間。高校、浪人時代

自分の中の黒歴史が、高校と浪人時代の4年間です。

高校は男子校で女子をおらず、また田舎でより女子との接点がありませんでした。

そして、高校でバスケをやろうと思っていたのですが、部活に入るタイミングを無くしてしまい結局3年間帰宅部に。

そんな状況で、自分を殻に閉じこもってしまって友だちもできず。

何もないまま3年間が終わってしまいました。

受験にも失敗し浪人生活。

予備校と家の往復。

友だちが誰もできない。

そのような浪人時代でした。

でも、この4年間の経験があったから、今カフェでバリスタとして仕事をしていると思います。

ですので、自分にとっては大切な4年間だったといえるでしょう。

原点。バリスタを目指すスタートになった大学時代

入学した大学が理系で、ここでも女子がほとんどいませんでした。

男子が1学年170人くらいに対し、女子が7人という。

せっかく大学に入ったのに、高校浪人時代と変わらない状況。

しかも、高校浪人時代の4年間で性格が内弁慶になっていたので、友だちも出来ないしサークルに入る勇気もない。
※バスケサークルにちょっとだけ入ってたのですが、馴染めずすぐに辞めてしまいました。

こんな状況で大学1年生も終わろとしていましたが、ここで運命的な出会いをすることになります。

スターバックスとの出会いです。

中学時代の友だちの付き添いで、初めて行ったスターバックス。

当時の私はカフェに行くような人間ではありませんでしたし、そもそもコーヒーが本当に苦手でした。

でも、お店に足を踏み入れたとき衝撃を受けたんです。

「なんてカッコいいんだろう!」

店内は黒を基調にしており洗練された空間。

働いている店員さんもカッコいいし可愛い人ばかり。

今まで自分自身がいた世界とはかけ離れた世界がそこには広がっていました。

その時

「ここで働きたい。ここにいれば自分もカッコよくなれるかもしれない」

純粋にそう思ったんです。

コーヒーは苦手だったけど、そんなことは全く関係ありませんでした。

ご縁があって大学の近くにオープンするお店のオープニングスタッフとして採用いただき、これが今の私の原点になっています。

就活に失敗。ここで生きていくと決めた20代

そのような動機で入ったスターバックスだったのですが、コーヒーを通してお客様とお話ししたり、信頼関係を築いていくうちに、コーヒーの楽しさにハマっていくようになりました。

そんな私も大学4年になって就活をする時期に。

スタバで働いているうちにどんどんスタバが好きになり、スタバが就職の第一志望の会社になったんです。

ですが、残念ながら採用には至らず、他の企業を受ける毎日。

理系だったこともあって、SEなどの技術職も受けてみたのですがことごとく落ちる。

今思うと、技術職は自分の適性にあっていなかったのだと思います。

何十社と落ち続けましたが粘り強く就活を続け、ついに秋に1社営業職で内定をゲット。

嬉しかったのですが、当時の私はスタバへの想いが強くてこのまま就職しようか、アルバイトからスタバから社員の道にチャレンジするかずっと悩んでいました。

結局、内定を断ってスタバに残る道を決めたのです。

「人生1度しかないし後悔だけはしたくない」

新卒で就職しないことは、正直かなり不安がありました。

でも、もうやるしかない!心に決めたのです。

正社員になるためには、まずアルバイトの時間帯責任者になることが絶対条件。

その後、社員試験を受けるという流れです。

自分の中で、時間帯責任者になるというのがかなりのハードルの高さでした。

何故なら、今までリーダーシップをとって何かをしてきた経験がなかったからです。

誰かリーダーがいて、そのサポートをするのは得意な方だったのですが、自分から率先してやることが苦手なタイプの人間でした。

自分の真逆の資質のことをやらないといけなかったので、時間帯責任者になるのに普通の人の倍以上時間がかかってしまいました。

また、当時の自分が精神的に未熟だったこともあり、お店に迷惑をかけてしまっていたのも時間がかかってしまった要因の1つです。

2年近くの時間をかけ、ようやく時間帯責任者になることができました。

結論をいうと、私はスタバでは正社員にはなれませんでした。

ですが、時間帯責任者を経験したことで、自分の今まで経験したことがなかったリーダーシップやコミュニケーション、店舗運営のあり方について学ぶことが出来、これが今の自分に活きていることは間違いありません。

時間帯責任者の他に、スタバ在籍中にブラックエプロンという社内資格を取得できたのも大きな経験になりました。

人前で話すのが苦手だった私ですが、有料コーヒーセミナーの司会で20人の前で話をしたり、社内研修のコーヒー研修の企画をさせていただいたり。

今、個人でコーヒーのワークショップを運営しているのですが、この経験がかなり活きていると思います。

正社員にはなれなかったけど、本当に得るものは大きかった20代でした。

スタバに出会うことができたことには感謝しかありません。

バリスタとして生きていくと決めた

スタバ退職後、コーヒーとは全く関係の無いオーガニックカフェにドリンカーとして転職。

オープニングスタッフで立ち上げを経験できるのが転職理由でした。

ですが、ほとんどお客様に接することもなく、ひたすら仕込みやドリンクを作るだけの毎日。

1日12時間以上の労働のなか、何のために自分はカフェで働いているのか。

自問自答しながら働く日々でした。

そのような中、3ヶ月ほど経過したある日。

自分の将来を決める、1つのコーヒー屋さんとの出会いがあったのです。

そのお店は、バリスタの世界チャンピオンを輩出している、日本を代表するスペシャルティコーヒー専門店。

当時の私は、コーヒーと言えばスタバしか知らず、他のコーヒー屋さんに行ったことがありませんでした。

スペシャルティコーヒーも珍しい時代でしたし、もちろん飲んだことがありません。

ご縁がありそのお店に連れていっていただきカプチーノを注文。

そのカプチーノを一口飲んだとき、自分の中で衝撃が走りました。

コーヒーなのにミルクティのような味わいがしたのです。

コーヒーとミルクが一体感も素晴らしく、口当たりも優しい味わい。

極上のカプチーノでした。

スタバ時代にブラックエプロンまで取得し、少なからずコーヒーの知識には自信がありました。

ですが、外の世界にはまだ知らないことがたくさん広がっている。

コーヒーの奥深さを思い知らされ、同時にもっと勉強したい!純粋にそう思ったのです。

元々コーヒーの世界には興味がありましたし、スタバ時代にコーヒーを通して色々な人とのつながりが出来たり。

心の底では、またコーヒーに携わりたいと思っていました。

ですので、このカプチーノとの出会いでその想いが爆発。

そこからが早くて、気づいたときにはレコールバンタンというカフェの専門学校に入学志望を出し、バリスタ科への入学を決めたのでありました。

学校に通いながらイタリアンスタイルのカフェで1年経験し、その後いくつかの店舗でバリスタとして勤務しながら、個人でラテアート教室やコーヒー関連のワークショップを開催し、コーヒーの楽しさやバリスタという職業を広める活動をしています。

ミッション(成し遂げたいこと)

 

バリスタの認知、地位の向上を図りたい

 

カフェで働く人達の賃金は一般水準で考えるとまだまだ低いと個人的に思っています。

特に、個人経営の店ですと、都内でも時給が最低賃金のお店があるのが現状。

カフェで働きたい、バリスタをやってみたくても、生活するとなると難しいから断念せざるを得ない。

こういう風に考えている方も少なからずいると思います。

カフェ文化の盛んなオーストラリアでは、バリスタの時給が2000円台という話も聞きます。

もちろん、文化も違えば物価なども違うので一概には言えませんが、もっとバリスタという職業について1人でも多くの方に知っていただけるような活動をしていきたいと考えています。

そして、子供達の将来成りたい職業に「バリスタ」という選択肢を持ってくれる子供達が1人でも増えて行くような未来になればとても嬉しいです。

仕事実績

約4年前に、知人の家のリビングをお借りして、家庭用のマシンを使ってラテアート体験会を開催したのが、個人でのバリスタとしての活動のスタートでした!

そこから、イベントスペースやタワーマンションなどの共有スペースをお借りしてのラテアート教室、ドリップコーヒーの淹れ方ワークショップなどを定期的に開催してきました。

また、企業様から依頼をいただいて、コーヒーワークショップやケータリングを行った経験もあります。

その一部を、こちらで紹介させていただきます。

 

株式会社絆人様が運営するシェアハウスにて、コーヒーのワークショップ

株式会社絆人様が運営するシェアハウスにて、コーヒーのワークショップをさせていただきました。

その模様を動画にまとめていただきました。

 

株式会社ふんどし部様が主催の交流会にて、ラテアートワークショップ

株式会社ふんどし部様が主催の交流会にて、ラテアートワークショップをさせていただきました。

 

新狭山の3Light Cafe(サンライトカフェ)様のコーヒートレーニング

コーヒーの淹れ方教室。カフェラテが2時間でここまで淹れられるように!

新狭山の3Light Cafe(サンライトカフェ)様にて、スタッフ向けのカフェラテの淹れ方のトレーニングをさせていただきました。

メディア掲載

2018,2,9 FMチャッピー「くらっしぃ~♪」
※生放送の様子はYouTubeで配信されています。

https://youtu.be/vSqObPxV_Bg

2018年12月 SARAH JAPAN MENU AWARD 2018年下半期 コーヒー部門審査員

https://award.sarah30.com/2018SH

週刊ゴルフダイジェスト様 2019年 4/9号 コンビニエンスストアコーヒー比較記事掲載

https://japanesebarista.com/golfdigest/

ヒトサラマガジン様 私のオススメカフェ5選掲載

https://japanesebarista.com/hitosara/ ‎

SARAH JAPAN MENU AWARD 2019 コーヒー,ミルクビバレッジ部門審査員

https://award.sarah30.com/2019
 

お問い合わせ

お仕事のご依頼はこちらのお問い合わせフォーム、または下記のバリスタ柳隆晴のLINEアカウントから受け付けております。

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